味園ユニバース - ポチ男と茂雄のアングルについて -
まずはじめに、この記事には映画『味園ユニバース』のネタバレがあります。
また複数回映画を見た方でないと意味がわからないと思いますのでご注意ください。
先日、7回目の味園ユニバースを鑑賞してきた。
これほど同じ映画ばかり見ていると、ついつい細部を見てしまうようになってしまうのだが、6回目の味園ユニバース鑑賞後にふと一つの仮説を思いついた。
山下淳弘監督はポチ男と茂雄で、アングルを左右分けて撮影したのではないか。
映画の序盤にこんなシーンがある。
記憶を失ったポチ男が、公衆トイレの鏡にうつる自分の顔を見ながら「誰や…」と呟くシーンだ。カメラアングルはポチ男本人を直接に映すのではなく、鏡に映ったポチ雄の姿を斜め後ろから撮影している。
これとまったく同じアングルで撮影されたシーンが映画の終盤にも登場する。
記憶を取り戻した茂雄が同じ公衆トイレで鏡にうつる自分の顔をただ黙って見つめているというシーン。
この二つのシーンは、ほとんど同じアングルでありながら、鏡に映る人物の表情はまったく違う。
一つ目は、すべての記憶を失い、自らが誰なのかわからなくなった、空っぽの顔。
二つ目は、すべて記憶を取り戻し、どうしようもない忌まわしい自らの過去を取り戻してしまった顔。
特に台詞があるわけではない。最初のシーンで「誰や…」と自らに問いかけるのみだ。それなのにこのほぼ同じアングルのシーンで、鏡の前に立つ男はあきらかに別人なのだ。
これはもちろん渋谷すばるの演技が上手いというのが大前提なのだが、それにしたって別人すぎる。これはなにかトリックがあるはずだ。
もしかしたら、ポチ男と茂雄は左右のアングルを変え、左右別々の横顔をうつしているのではないか。
序盤の鏡のシーンでは、左後方からポチ男の左横顔を映しているが、終盤の鏡のシーンでは右後方から茂雄の右横顔を映していたとしたら。つまり左横顔がポチ男で、右横顔が茂雄であるというルールのもとに撮影をしていたのではないか、とい発想が浮かんだ。
話は少し逸れるが、人間の顔というものは左右対称に近いほど、均整がとれていて人は美しいと感じるらしい。しかし実際には、ほぼすべての人の顔が左右非対称である。
そのため右側から見た顔と、左側から見た顔とでは、個人差はあれど印象が若干変わる。
だとすれば、左の顔をすべてを忘れた子供のような男として、右の顔を怒りをコントロールできない凶暴な男として、人格ごとに左右の顔を映し分ければ、表情の差がより明確にあらわれ、一人の男を別人と錯覚するだけの差が生み出せるのではないか、と山下監督は考え実行したのではないか。という仮説を立てた。
検証としてまず渋谷すばるの左右の顔を切り取り反転させた合成画像を作成してみた。
まずは元の画像。
今では考えられないパーマネントすばるだ。
つぎに左横顔を切り取り反転させたもの(ポチ男)
つぎに右横顔のみ切り取り反転させたもの(茂雄)
完璧な正面画像ではない割には、思ったほど左右の顔の差はなかった。
いやしかし、そう言ってしまうとここで検証が頓挫してしまうので、一応差があるということにしておく。鼻筋の太さとか目の二重幅とか、下瞼の開き具合とか、やはり若干差がある。
ここからは映画のシーンからの検証。
もう文章を書くのが面倒くさくてたまらないので時間軸にそって羅列する。
【冒頭の茂雄】※右横顔をメインに映したカット
・映画の冒頭、刑務所から出所し「お世話になりました」というシーン
・ショウの運転する車の後部座席で、タクヤの隣に座り車窓から外を眺めるシーン
・商店でタバコを注文し、店内を眺めるシーン
・商店を出て、茂雄がビールを飲みながらアパートの空き室の張り紙を見ているシーン
【序盤から中盤までの記憶を失ったポチ男】※左横顔をメインに映したカット
・暴漢に襲われ、記憶をなくしたポチ男が立ち上がり歩きはじめるシーン
・ポチ男が公園の公衆トイレで顔を洗い「誰や」と言うシーン
・赤犬がライブ中にポチ男が乱入し、突如歌い出すシーン
・カスミの家でマキちゃんに手当てを受けるシーン
・カスミに「歌えポチ男」と言われ、2階のスタジオのカラオケでポチ男が歌うシーン
【記憶の狭間でポチ男と茂雄が揺れ動く】※左右の横顔のカットが入り混じる
・警察署では当初は左横顔を映しているものの、途中外国人の犯罪者が暴れはじめ、突如ポチ男がその場から逃げ出すシーンでは、一転右横顔を映している。これは記憶を取り戻し、一瞬だけ茂雄となった為であろう。
・それに続く河川敷でカスミの肩を掴み「わからんねん」と言うシーンも右横顔のまま。
・K2というライブハウスでポチ男が『古い日記』を歌うシーンでは、当初左横顔をうつしていたが、途中例のカセットテープの歌声が蘇りポチ男が絶句してしまったところで、左横顔を映すアングルから、中央にカメラが移動し、最後に右横顔を映す。これは一部の記憶が戻り、瞬間的にポチ男が茂雄に戻る状況を描写している。
【終盤の記憶を完全に取り戻した茂雄】※右横顔をメインに映したカット
・実家の豆腐屋で子供に話かけるシーン
・カスミの待つ家に戻りショウと再会してキレるシーン
・公園のベンチでカスミと話すシーン
・カスミにバッドで殴られ、味園ユニバースの楽屋で「しょうもな」と呟くシーン(予告編ではこの台詞があったが本編にてカットされた)
・歌い終わり赤犬のメンバーに笑いかけるラストシーン
メモを取りながら映画を見たわけではなく完全に記憶だよりなので、この記述自体が間違っていたり、ポチ男と茂雄がこの仮説とは左右逆のカットで映されていたりすることもあるかもしれないが(というかある)、それは例外であり、基本的にはこのルールは映画の冒頭からラストシーンまで続いている。と私は考えている。
この仮説を思いつき、半ば検証のために映画館へ行き「右だ!左だ!」とシーンが進むごとに自分の考えに確信を持ち始め、とうとうこの仮説が生まれた終盤の公衆トイレでの鏡のシーン。序盤のポチ男のシーンでは予想通り左横顔が映っていた。
「ここで記憶を取り戻した茂雄を、序盤のポチ男とは逆のアングルで右横顔を映しているはず!」
そう自信を持って、記憶を取り戻した茂雄が顔を洗い自らが映る鏡を見つめるシーンに臨んだ。
結果:序盤とまったく同じアングルで、別人のような左横顔が映されていましたよ
打ち崩された…ここまで積み上げたもの、まんまと打ち崩されたよ…
このシーンに関してはアングルとか左右の顔の差ではなく、渋谷すばるの演技力のみだったよ…表情だけであの差を出したのかよ…凄いなすばるくん…
まぁでも、正解は山下監督ご本人にしかわからない。
このシーンが例外なだけで、仮説自体は正しいのかもしれない。
そう思うことにする。
それに正しいかどうかは別にしても、一本の映画の中にもこれだけ理論を持った(と考えられる)監督の作品に渋谷すばるが主演したことが、小躍りしたいくらい嬉しいんだ。
そんな話。